大沼法龍和上の録音データの紹介
※年月日をクリックしていただくと、別ウインドウにて音声が流れます。![]() |
昭和34年9月15日 在家にて 蓮如上人は、もろもろも雑行雑修自力の心をふり捨ててと、領解文に、信仰に入る順路を教えられた。念仏に向いていたら、十八願と思っていたら間違い。苦が抜けたら報謝の行と変わる。聖人は他の善根を励めとは一遍もおっしゃった事は無い、唯仏恩の深重に眼を覚ませと仰っている。やっているから捨てよと言われる。知らず知らずのうちにやっているから捨てよと言われた。 |
![]() |
昭和42年9月21日 広島会館にて 親鸞聖人は難しいと教えておられる。難中の難これに過ぎたるはなしと仰っている。そうすると、真宗の人達は、あれは邪見憍慢の悪衆生だから難中の難と教えられたので、私らは素直に聞いているからという。素直に聞けと言っている坊さんも素直ではない、聞いている同行も素直ではない、説教を聞いているときだけ猫を冠っているだけ、本当の素地のまま、こけ込むままが唯じゃったという時が、素直に聞いている。 |
![]() |
昭和43年6月28日 在家にて 金剛の真心を獲得すれば、横に五趣八難の道を超え、かならず現生に十種の益を獲。一つには冥衆護持の益、二つには至徳具足の益、三つには転悪成善の益、四つには諸仏護念の益、五つには諸仏称讃の益、六つには心光常護の益、七つには心多歓喜の益、八つには知恩報徳の益、九つには常行大悲の益、十には入正定聚の益なり。私はどうしたことか、信前と信後の角目、水際を説くのに、全力を注いでいるが、母親の言い付けかもしれませんね。あなたは、大学院の卒業が間近になっているが、「信仰の卒業ができたか」、という母からの手紙。皆さんは、信仰に卒業があるのかと思われるでしょう。私もそう思っていたのです。 |